旧制時代、名門女学校だった駒場高校は女生徒が男生徒の2倍いた。
男らしいスポーツがしたいと思った張は、剣道部に入り、高校3年の時には3段まで腕をあげた。
井の頭線の東大前駅(当時)では、右が駒場高校、左が東大。
東大受験を勧める担任の先生の言葉にあおられ、東大に挑戦し、一浪して入学、法学部に進大学の4年間は剣道に明け暮れた。
剣道部の同期に元警察庁長官の国松孝次がいて、主将、副将というコンビで試合に臨んだ。
大学3年の時、関西で行われた剣道の全日本選手権に参加した帰り、先輩に誘われてT社自動車の本社のあるT田市に立ち寄った。
T社には2年上の剣道部主将が入社しており、一つ上の先輩も入社が内定していた。
そこでしきりに入社を勧められ、人事担当者にも引きあわされてごちそうになった。
その後もT社に内定していた先輩から練習が終わるたびに酒を飲まされては「入れ、入れ」と説得された。
取りたてて自動車に興味があったわけではないが、田舎なら剣道を続けられるかなあ、という軽い気持ちで入社試験を受け、入社を決めた。
1960年大学卒の入社10人のうち6人が東大だった。
T社式を叩きこまれるT社が飛躍するきっかけとなったカローラを生産する高岡工場は、月産8千台の予定のところに月2万台もの注文が舞いこみ、設備増強が間に合わない。
そこで活用されたのが、設備をとことん活用してムダを排除するT社生産方式だった。
一つの組み立てラインに一人のミスで不東京育ちだけに、初めは田舎のT田市の生活にうんざりした。
入社3年目に友人が中古、その車を借りて名古屋などあちこちに行くようになったことで、息抜きができるようそのころ異動となった先が管財課。
社宅や工場用地を管理する部署で、カローラ生産のためつくることになった高岡工場の建設予定地の買収が担当だった。
菓子折や一升瓶を持って農家を一軒一軒回り、土地を売ってくださいとお願いするのが役目だった。
売買契約の期限が来たのに、なかなか立ち退かない農家もいて、T社の生協に協力してもらってトラック一台分の大根を買い上げてやっと立ち退いてもらったこともあった。
町議員の問で工場誘致同盟ができると、必ず反対派同盟ができる。
そのどちらにも足を運んでお願いに行く。
買収の仕事を通じて人間の本音と建前の世界を垣間見たことは、政治の原型を知るうえで大きな収穫になった。
なにもない田舎に工場ができるといろいろな仕事が生まれ、地域が発展する。
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